オトチの岩窟(己高山) 2019年11月30日


関ヶ原の敗戦の後、石田三成が隠れたというオトチの岩窟
己高山(こだかみやま)の中腹にある

地図とコンパスのイラストデータ
行程

8:45己高庵駐車場・・・8:46尾根コース登山口・・・9:32鉄塔・・・9:35大岩・・・9:39鉄塔・・・9:50休憩10:00・・・10:10三角点・・・10:25下り始め・・・10:30オトチの岩窟11:00・・・11:30林道・・・11:51北谷/中ノ谷出合い・・・11:57己高山分岐・・・12:13地蔵院分岐・・・12:14谷コース登山口・・・12:20茶店(休憩)12:30・・・12:35鶏足寺12:40・・・12:50石道寺13:05・・・13:25駐車場

コースタイム(歩行時間) 3時間30分
同行者
その他

石道寺拝観料 300円/1人
己高閣、世代閣拝観料 500円/1人


登山靴のイラスト 関が原で敗れた石田三成は、伊吹山の西斜面を敗走。母の里である古橋にやってきた。そして里人により、オトチの岩窟に匿われた・・・。

というのが、土地に伝わる話。本当かどうかはわからないが、そんな話を知ると行ってみたくなる。昨日登った小谷山と古橋はとても近いので、2日めはその岩窟を目指すことにした。


宿泊した宿にチェックイン時、オトチの岩窟への地図をもらい、昨晩のうちに、谷筋から行くか尾根から行くか検討。尾根コースで登り、谷コースを下りてくることに決めた。

←宿のすぐ近くにある尾根コース登山口。

左手は己高閣から伸びる遊歩道。

右の尾根に上がる。

しばらくすると尾根を外れてトラバース道となり、右手に己高山(こだかみやま)が見える。地図を見ると、オトチの岩窟と己高山の山頂とは相当離れていて、しかも岩窟から山頂へ直接行くルートはない。岩窟と山頂を一日で歩くのは、日の短いこの時期は相当の健脚でもないかぎり無理だろう。

ふたたび尾根上に戻り、1本めの鉄塔に出くわす。

鉄塔から眺める左後方の山。横山岳だろうか。
そうそう、この下の谷は、揖斐川から八草峠を越えて木之本へと下った宮本常一が歩いた辺り。そう思うととても感慨深いものがある。

峰の大岩、と呼ばれる岩。
べつに展望はないです(笑)。

尾根を左右に行き来する道。尾根の東側を歩くときは、日差しがたっぷりで気持ちよい。逆に西側は冷たい風が吹き上げ、少し寒々しい。

終わっているかと思っていた紅葉が、予想に反して美しい。
黄色や・・・、

赤や・・・、

オレンジ色♪

二本目の鉄塔。

鉄塔の先で、名残の紅葉が美しかったので、しばし休憩。

さらに進みます。

だいぶ高度が上がった感じがする。

三角点への分岐。
ちょっと行ってみましょう、分岐を左へ1分。

標高522.4mの三角点。とても遠くに来た感じがする。

三角点から先、もう少し登る。

標識があり、この先で、緩い下りとなる。

オトチの岩窟に到着。
早速中に入ってみます。

下りているところ。
右肩のところの岩が出っ張っていて、こすってしまう。











コウモリのいる岩窟。中は案外広い。

関ヶ原の戦いが9月15日。
同日の関ヶ原脱出から、9月21日に捕縛されるまで6日間。
三成が本当にここに隠れたとしても、それはわずか1日か、
長くても2日程度のことだったのではないかと思うが、
本当だったとしたら、お腹をこわしながら
よくもこんなところまで来たものだと思う。
少しは身を休めることができたのだろうか。










上がっているところ。
横たわっている木につかまれば楽だが、なんだかどろどろしていて、あまり触りたくない感じ(笑)。

右の道を下りてきた。左の道を下る。
落ち葉で道がわかりにくい。宿の人の話では、よく迷う人がいるとか・・・。それはそうだろう。ただ歴史好きだからというだけで気軽に来られるところではない。

かなり急な道を下る。

すると、紅葉を見上げるトラバース道となる。

トラバース道から谷へと下り始めると、石垣があった。後で谷の入口にある説明板を読むと、この辺りは石灰岩地帯で、石垣は石灰岩を焼いた釜の跡だということです。

北谷の林道に下りてきた。

おもしろ味のない林道を、淡々と下る。尾根コースと違い、紅葉はほとんど見られない。

ただ、右側(北西側)の支谷にいちいち標識があり、名前がついている。オトチの岩窟から下りてきた谷が鬼ヶ谷、続いて清水谷、ヒル谷、仏の谷、滝谷・・・。

どうやらこの地域にも、『西中国山地』を著した桑原良敏さんのような方がいたようだ。同じような本があるのなら読んでみたい・・・、と話しながら歩いていた。

北谷と南谷の出合い付近にて。写真は振り返ったところ。左側が下りてきた北谷の林道。右側が南谷。

さらに下ると、南谷林道(右奥)との分岐に、己高山への道を示す標識があった。山へはここを南谷へ入るのですね。

どんどん下ります。

里に下りてきた。(写真は振り返ったところ。)
ここまで朝から2人きりで、まったく誰にも出会わなかったのに・・・、

里に下りた途端に、紅葉見物に来た人波がわらわらと連なっていて驚く。皆、鶏足寺の紅葉を見に来たのはわかるが、こんな鄙の地にこれほどの人が押し寄せるとは・・・。

鶏足寺参道の紅葉は終わっていたが、我々は昨日も今日も山の紅葉を満喫したので、有名な紅葉を見られなくて残念ということもない。それよりも広場にあった石田三成の辞世の歌に心惹かれるのだった。

続いて石道寺へ。

石道寺。
観音様はこの建物の中におられる。

石道寺の池。

里へ引き返す途中のお茶畑。


己高庵まで戻り、鶏足寺の観音様や、三成母の墓石を収める己高閣を見て、帰途につく。

←道の駅「浅井三姉妹の里」で。お市の方と、茶々、初、ごうの三姉妹。

道の駅「いぶきの里」から見る伊吹山と姉川。

それにしても、湖北の紅葉がこんなに美しいとは知らなかった。澄んだ大気のせいだろうか。白洲正子が『かくれ里』の中で、「長浜をすぎて竹生島が見えかくれするあたりから、琵琶湖の景色はたしかに変わってくる。空気が澄んで透明になり・・・」と書いているが、本当にそれが感じられる昨日今日だった。























































オトチの岩窟の上の斜面
































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